はじめに 〜なぜ今、ブランド“思考”が必要なのか
現代のビジネス環境は、大きな変化の只中にあります。
商品の品質や価格、機能性といった差別化要素だけでは、顧客から選択されにくくなってきました。
どの業界でも一定の品質は担保され、優れた製品やサービスは溢れている。そんな時代において、企業が選ばれ続けるには「ブランド」という視点が欠かせません。
しかし一方で、「ブランド=ロゴやパッケージのデザイン」「ブランド=広告の打ち方」といった誤解も根強く残っています。
表層的な装飾にとどまっていては、ブランドの力を十分に引き出すことはできません。求められるのは、ブランドを経営そのものとして捉える“思考”です。
このブログでは、工藤一朗氏の著書『ブランド・プロデュース思考』をもとに、私なりの考えを付加し執筆しています。
特に本書の中核にあるのは、「ブランドとはステークホルダーとの約束である」という視点です。ここで言うステークホルダーとは、顧客だけでなく、従業員、取引先、地域社会、株主、未来の顧客なども含まれます。企業がどのような存在でありたいのか、どのような価値を社会に提供するのか。
その“約束”を全体に貫くことで、初めてブランドは力を持つのです。
そして、この約束を全社的に機能させ、体現し、磨き続けるには、「プロデュース思考」が必要となります。プロデューサーとは、全体を俯瞰し、資源を組み合わせ、時間軸で成果を設計していく存在です。つまり、経営者やブランド責任者が“ブランドのプロデューサー”となり、ビジョンを中心に社内外を巻き込んでいくことが重要になります。
「ブランディング」とは単なる見た目の工夫ではなく、企業活動そのものに一貫性と意味を与える行為です。本連載では、全7章を通じて『ブランド・プロデュース思考』のエッセンスを丁寧に掘り下げ、広告・マーケティング従事者や中小企業の経営者に向けた実践的な知見として届けていきます。
次章では、そもそも「ブランドとは何か?」という問いを、改めて深く掘り下げてみたいと思います。
ブランドとは何か?──ロゴでも広告でもない「約束」の本質
「ブランド」という言葉は日常的に使われていますが、その意味は人によってまちまちです。
多くの人がブランドを「高級な商品」や「有名企業の名前」と認識しており、企業活動においても「ロゴを刷新しよう」「広告でブランドイメージを向上させよう」といった“表層的な表現”だけで語られがちです。
しかし、本質的なブランドとはそれらを超えた存在です。
ブランドとは、「企業が社会に対してどのような存在でありたいかという意志」であり、あらゆるステークホルダーとのあいだに築かれる約束なのです。
- ブランド=ステークホルダーとの「約束」
- 「期待」と「一貫性」がブランドをかたちづくる
- ブランドは「記号」ではなく「関係」である
- ブランドは「体験」の総和である
- ブランドとは「存在の理由」を示し続けること
- ブランド構築は「断片」ではなく「演出」である
- プロデュース思考とは?
- ブランド・プロデューサーは誰か?
- プロデューサーは「通訳者」であり「翻訳者」
- ブランドは「自然発生しない」
- ブランド構築=未来の信頼を先回りでつくること
- なぜ「言語化」が必要なのか?
- ブランド・アイデンティティ(BI)とは何か?
- 「言葉にする」ことの力
- 社内の合意形成を経て、全員が語れる状態へ
- 言語化→浸透→実装という3ステップ
- ブランドの核を持たない企業のリスク
- 終わりなき言語化──ブランドは変化し続ける
- ブランドは「再選択の理由」である
- 顧客体験(CX)=ブランドの主戦場
- LTV最大化の鍵は「感情の蓄積」
- 顧客データの活用とパーソナライズ
- ステークホルダーとの関係性を「深める」タッチポイント設計
- ファンは「語る人」である
- 体験の設計=ブランドの“振る舞い”の設計
- リピート戦略とは、信頼の編集作業である
- ブランドは“看板”ではなく“現象”である
- 一貫性は「インナーブランディング」から始まる
- 「共感させる」より、「行動させる」
- 社員だけでなく、パートナー企業や委託先まで
- ロジスティクス・IT・カスタマーサポート──無意識のブランド接点
- ブランドとは「全社で取り組む運用体制」である
- ブランドは「現場の汗と気づかい」によって実装される
- ブランドは「変化に強い関係性」である
- ブランドの定点観測とKPI設計
- ブランド改善は“リニューアル”ではなく“調律”
- リブランディングのタイミングと注意点
- ブランドの進化は、対話の進化である
- 進化するブランド=組織学習するブランド
- ブランドは経営の“哲学”である
- 経営者はブランドの“語り部”であり“体現者”
- 現場と経営をつなぐ“共通言語”としてのブランド
- 社会とともに歩む“持続可能な約束”としてのブランド
- あなたのブランドは、どんな約束をしているか?
ブランド=ステークホルダーとの「約束」
従来、「ブランド=顧客との約束」と言われてきました。確かに、顧客がブランドをどう感じ、どう受け取るかは重要です。しかし、今日の複雑な社会の中でブランドを考えるとき、顧客だけを対象とするのは視野が狭すぎます。
企業は、顧客のみならず、従業員、取引先、株主、地域社会、未来の人々といった多様なステークホルダーに支えられています。たとえば、社員にとっての「働きがい」、地域にとっての「貢献」、株主にとっての「信頼と持続性」もまたブランドの一部です。ブランドは、これら全ての関係者と交わす“暗黙の、あるいは明示された約束”であると再定義すべきです。
この約束を果たす企業は「信頼されるブランド」となり、逆に裏切った企業は急速に社会からの支持を失います。ブランドとは、ステークホルダーの記憶と評価の蓄積でもあり、企業の振る舞いにより常に書き換えられていくものなのです。
「期待」と「一貫性」がブランドをかたちづくる
ステークホルダーにとって、ブランドとは「この企業なら、こうしてくれるだろう」という期待です。そして、その期待に一貫して応え続けることで、ブランドは強固になっていきます。
たとえば、スターバックスがどの店舗でも安心して過ごせる空間を提供してくれるのは、「居心地の良さ」や「安心感」という約束に対して、一貫した体験を提供しているからです。店舗の空間設計、スタッフの接客、音楽の選定に至るまで、全てがブランド体験に貢献しています。
逆に言えば、いくら広告やSNSで良い印象を打ち出しても、実際の顧客体験や従業員の声がそれに反していれば、ブランドは毀損します。一貫性のない“約束”ほど、信頼を損なうものはありません。
ブランドは「記号」ではなく「関係」である
ブランドをロゴやスローガンといった“記号”と捉える考え方は、もはや過去のものです。今求められているのは、ブランドを「関係性」の観点からとらえる視座です。
たとえば、ある企業が「地球環境に配慮しています」と発信するならば、その企業がどのような素材を使って製品をつくり、物流においてどのような配慮をし、どのような企業姿勢で地域社会と関わっているかといった一連の行動が見られます。これらの行動とブランドの言葉が一致していることで、関係性は信頼へと変わるのです。
ブランドとは、企業とステークホルダーの間に築かれる「信頼に基づいた関係性の総体」なのです。
ブランドは「体験」の総和である
ブランドは、決して一つの広告や製品で完結するものではありません。むしろ、顧客が商品を知る→選ぶ→購入する→使う→問い合わせる→再び選ぶという一連の体験の中で、「あの企業は信頼できる」「あの会社らしいな」という印象が形成されます。
これを広くステークホルダー全体に広げれば、「入社前の情報発信→入社後の育成制度→上司の言動→経営の意思決定」までが社員にとってのブランド体験であり、「地域貢献活動→災害時の支援→日常の事業活動」が、社会にとってのブランド体験です。
つまり、ブランドとは部分ではなく全体の統合的な体験によって成立するものなのです。
ブランドとは「存在の理由」を示し続けること
最後に強調したいのは、ブランドは単なるマーケティングの道具ではなく、企業が「なぜこの社会に存在するのか」を語り続けるためのフレームであるということです。
短期的な売上向上ではなく、長期的な信頼の構築こそがブランドの役割です。ブランドを育てるとは、社会に対して自社の存在意義を問い続け、証明し続けることなのです。
プロデュース思考とは何か?──経営者こそがブランドの演出家である
「ブランドをつくる」と聞いて、多くの企業がまず思い浮かべるのは、ロゴの刷新や広告のキャンペーン展開かもしれません。しかし、本質的なブランド構築に必要なのは、もっと広く、深い視点です。それがすなわち「プロデュース思考」です。
この章では、なぜブランディングにプロデュース思考が必要なのか、そして誰がその役割を担うべきかを探っていきます。
ブランド構築は「断片」ではなく「演出」である
ブランドは、単なる広告や広報では完結しません。製品のデザイン、サービスの提供方法、店頭の接客、SNSでのやりとり、社員のふるまい、企業の社会的姿勢──すべてがブランド体験の一部です。
つまり、ブランドとは「複数の部門」「多様なチャネル」「異なる時間軸」の活動が連動してつくられる“総合演出”なのです。
この演出を成功させるには、全体を俯瞰し、整合性を持たせる視点が不可欠です。部分最適ではなく、全体最適を目指す。
広告部門、営業部門、人事、製造、経営層、それぞれが異なる視点で動いていたとしても、「どのようなブランド体験をつくるか」という一本の軸で統合されていなければ、ブランドは“ぶれて”しまいます。
ここで必要なのが、「プロデュース思考」なのです。
プロデュース思考とは?
プロデューサーとは、音楽、映画、舞台、イベントなどでよく使われる職能ですが、その本質は「全体を設計し、演出し、調整する」存在です。
- 目的(何のためにやるのか)
- メッセージ(何を伝えるのか)
- 対象(誰に届けるのか)
- 表現手法(どう見せるのか)
- 実行体制(誰と進めるのか)
- 時間軸(どの順番で展開するのか)
これらすべてを設計し、統合的に調整していくのがプロデューサーの役割です。そしてブランドにおいても、まさにこの思考が求められています。
ブランドを「社会との約束」と定義するならば、それをいかに設計し、どう実行し、どう継続していくのか──それを担うのが“ブランド・プロデューサー”です。
ブランド・プロデューサーは誰か?
それは、外部の代理店ではありません。もちろん広告会社やコンサルタントは、ブランドづくりの重要なパートナーですが、主導すべきなのは企業の内部にいる人、特に経営者自身です。
ブランドは企業の“あり方”であり、全社的な視点を必要とするため、経営の根幹に関わります。経営者がブランドを「経営戦略の中核」として位置づけ、あらゆる意思決定にブランドの視点を組み込むことが、ブランディング成功の第一歩です。
また、ブランディングを経営者だけの仕事とせず、「部門横断的な共通言語」として社内に浸透させることも必要です。ブランドを経営層のスローガンで終わらせず、現場の行動規範や判断軸として共有するには、社内全体を“巻き込む設計”が求められます。
プロデューサーは「通訳者」であり「翻訳者」
プロデュース思考が優れている点は、企業の理念やビジョンといった抽象的な概念を、「体験」として具現化する翻訳力にあります。
- 経営理念を、社員の行動へどう落とし込むか?
- パーパスを、商品や接客でどう体現するか?
- ブランドストーリーを、広告やパッケージにどう表現するか?
このような翻訳がなされて初めて、ブランドが“伝わる”のです。
さらに、プロデューサーは社内外の利害調整役でもあります。商品開発、営業、広報、人事など、多様な部門の声を聞きながら、ブランドの軸に照らして方向性を揃える“通訳者”でもあるのです。
ブランドは「自然発生しない」
多くの企業が、「うちのブランドは自然に育ってきた」と語ります。しかしそれは“結果的にそうなった”にすぎません。本質的なブランドは、意図的に、戦略的に、構築されなければ強固にはなりません。
むしろ、意識せずに放置したブランドは、バラバラに発信され、誤解され、時に企業を傷つけるリスクにもなります。
ブランドは「意志ある構築物」です。そしてその構築をリードするのが、プロデュース思考を持った経営者なのです。
ブランド構築=未来の信頼を先回りでつくること
ブランド・プロデュースとは、「今この瞬間に価値を届ける」のではなく、「将来、こうあるべきだ」という姿に向けて信頼を積み上げていく行為です。
たとえば、脱炭素経営を掲げるならば、将来のステークホルダーからの評価を前提に、今のうちに商品・体制・メッセージを構築しなければならない。これはまさに、未来から逆算した“演出”であり、“構想”です。
そしてその演出をリードするのが、ブランド・プロデューサーなのです。
ブランドのあるべき姿を言語化する──BI(ブランド・アイデンティティ)の設計法
ブランド構築の第一歩は、「自社は何者で、どこへ向かおうとしているのか?」という問いへの答えを明確にすることです。これは、外に向けた広報や広告よりも前に、組織内部に向けた思考と対話によって始まります。
この問いへの答えを明文化したものが「ブランド・アイデンティティ(Brand Identity、以下BI)」です。BIは、企業の価値観や目的、ビジョンを軸とした“ブランドの設計図”とも言えるものであり、すべてのブランド活動の土台となります。
なぜ「言語化」が必要なのか?
多くの企業は「なんとなくの雰囲気」でブランドを語ろうとします。「うちはまじめな会社だから」「地域に根ざしたビジネスをしている」といった、曖昧で抽象的な言葉が多く見られます。しかし、曖昧なブランドは、社内でも社外でも共有されず、再現性がありません。
たとえば、営業担当が顧客に語る自社の強み、広報が発信するコピー、店舗スタッフが行う接客──これらがバラバラであれば、ブランドは一貫性を欠き、信頼は築けません。
だからこそ、誰が見ても理解でき、誰が語ってもブレない言葉で「ブランドの核」を定義することが必要なのです。
ブランド・アイデンティティ(BI)とは何か?
BIは以下のような構成要素から成り立っています。これは単なるスローガンではなく、組織の「思想」と「行動指針」を言語化する枠組みです。
要素 | 内容 |
---|---|
ブランド・パーパス(目的) | 企業が社会の中で果たす使命。「私たちは何のために存在するのか?」 |
ビジョン(将来像) | 企業が目指す姿。「私たちはどこへ向かっているのか?」 |
ミッション(日々の役割) | ビジョンを実現するために、日常で果たすべき行動や役割 |
バリュー(価値観) | 意思決定や行動の基準となる価値観。社員が共有する“判断軸” |
これらはそれぞれ独立しているのではなく、有機的に連動しています。パーパスは企業の根本的な存在理由を示し、ビジョンはその延長線上にある未来、ミッションは日々の行動指針、バリューはそれらを貫く“心構え”です。
「言葉にする」ことの力
言葉は、意識をつくり、行動を導きます。どれだけ素晴らしい理念でも、具体的な言葉にしなければ共有されず、実践されません。言葉にすることで、ブランドは初めて社内に浸透し、社外へと発信されていくのです。
たとえばスターバックスのパーパスは、「人々の心を豊かで活力あるものにする、ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」です。これは店舗の設計や接客、商品開発に至るまで、一貫して社員の判断軸になっています。
抽象的な理念を、具体的で覚えやすく、行動につながる言葉に変えること。これがブランドの“生きた設計図”となるBIの役割です。
社内の合意形成を経て、全員が語れる状態へ
BIは、経営者だけがつくるものではありません。むしろ、現場や中間管理職、バックオフィス、マーケティングなど、さまざまな部門の知見を集めることで、実効性のある言葉になるのです。
ワークショップ形式でパーパスやバリューを共創する企業も増えています。これは、単に良い言葉をつくるためではなく、ブランドを「自分ごと」にするためのプロセスでもあります。
最終的には、誰もがブランドの核心を語れ、判断や行動に活かせる状態を目指すべきです。理想は、全社員がブランドの意味を“語れて”“実践できる”こと。そうでなければ、BIはただの掲示物になってしまいます。
言語化→浸透→実装という3ステップ
BIは、作って終わりではありません。その後に続く「浸透」と「実装」こそがブランドづくりの核心です。
- 言語化(BI策定)
→ 組織の存在意義や価値観を言葉で定義する - 浸透(インナーブランディング)
→ 研修、日報、評価制度などを通じて社員が理解・共感する - 実装(行動への落とし込み)
→ 商品開発、接客、サービス設計など、日常業務に反映させる
この3ステップを回すことで、BIは“机上の空論”ではなく、“行動指針”として根付きます。
ブランドの核を持たない企業のリスク
BIが明確でない企業は、次のようなリスクを抱えます。
- 社員がバラバラの価値観で行動し、顧客体験が統一されない
- 広告やプロモーションの表現が毎回ちぐはぐになる
- 社外パートナーや採用候補者に「何の会社か分からない」と言われる
- 経営判断に一貫性がなくなる
逆に、BIがしっかりしている企業は、判断・表現・体験に一貫性が出て、ブランドの信頼性と想起率が圧倒的に高まるのです。
終わりなき言語化──ブランドは変化し続ける
社会や顧客、従業員の価値観は変化します。だからこそ、BIもまた定期的に見直され、進化する必要があります。パーパスは変えなくても、表現やバリューは時代に合わせて磨かれていくべきです。
ブランドは固定された定義ではなく、「社会との関係性の中で進化する生き物」です。その進化を支えるのが、言語化されたBIなのです。
リピート顧客を生む“体験”のブランディング
ブランドは、一度の接点では完成しません。むしろ真価が問われるのは、顧客と継続的な関係を築き、繰り返し選ばれ続けるかどうか──リピートの段階においてです。
この章では、ブランドがどのようにして顧客の記憶に残り、再選択され、最終的に「ファン」や「推奨者」へと関係を深めていくかを、“体験”というキーワードを中心に解説していきます。
ブランドは「再選択の理由」である
現代の市場には、あらゆる商品やサービスが存在し、情報も氾濫しています。そんな中で、顧客が「またこの会社にしよう」「次もここで買おう」と思う理由は、機能や価格だけではありません。
そこにあるのは、その企業やブランドに対する「心地よい記憶」や「信頼感」、「共感」「習慣」といった無形の価値です。
つまり、リピートとは「ブランドが体験を通じてステークホルダーの期待に応え、関係性を深化させた結果」なのです。
顧客体験(CX)=ブランドの主戦場
ここで重要となるのがCX(カスタマー・エクスペリエンス)=顧客体験です。
CXは「商品を受け取ったときの印象」「カスタマーサポートの対応」「会員サイトの使いやすさ」「購入後のアフターケア」など、ブランドとのすべての接点で構成されます。
たとえば、Amazonのように注文から配送までのスピード感が一定であれば、安心して再購入できます。Appleのように、購入後のサポートまで“世界観”が保たれていれば、ブランドへの信頼は一層強まります。
そして、それらの体験がブランドの「らしさ」と一致していることが大切です。体験の一貫性が、「期待通りだった」「期待以上だった」という満足を生み、リピートの土台となるのです。
LTV最大化の鍵は「感情の蓄積」
企業にとってリピート顧客は、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高める最も重要な資産です。しかし、LTVを“売上総和”として捉えるだけでは不十分です。
本質的には、「どれだけ深い信頼と共感を積み上げられたか」という感情の蓄積こそが、顧客との長期関係を築く鍵になります。
- 「この会社と付き合っていて、裏切られたことがない」
- 「このブランドは、私の価値観を理解してくれている」
- 「ちょっとした不具合にも、ちゃんと向き合ってくれる」
こうした感情が育まれることで、顧客は「価格」や「比較」を超えて選び続けてくれます。
顧客データの活用とパーソナライズ
リピート体験を最適化するうえで、近年はデータの活用も不可欠です。特にサブスクリプションやECモデルでは、顧客の行動履歴、購買履歴、問い合わせ内容などを活用し、次の一手を設計することが求められます。
- 購入タイミングに合わせたリマインド
- 利用状況に応じたサポート提案
- 特定カテゴリの購入者向けメール
こうしたアクションが「あなたのことを見ていますよ」というブランドからの“気づかい”として伝われば、感情的距離は一気に縮まります。
ただしここでも、機械的・一方的な自動化ではなく、「らしさ」を感じさせる人間味のある設計が鍵となります。
ステークホルダーとの関係性を「深める」タッチポイント設計
初回購入をきっかけに、その後どのようにブランドとの関係を深めていくか──「関係性のステップ設計」が、リピート施策では重要になります。
たとえば:
- 商品購入直後:
→ サンクスカードや開封体験による感動 - 1週間後:
→ 製品の使い方や楽しみ方のコンテンツ提供 - 1か月後:
→ 継続利用のメリットや、他の商品との相性提案 - 3か月後:
→ メンバーシップの案内やコミュニティ招待
このように、単に「買って終わり」ではなく、「ここからが関係の始まりです」という設計が、ファンづくりには欠かせません。
ファンは「語る人」である
最終的なリピートの理想形は、“推奨者=ファン”の存在です。ファンは自らの体験を語り、他者にブランドを紹介し、ブランドの価値を拡張してくれる「共創者」です。
このようなファンを生み出すには、機能的満足だけでなく、情緒的満足(感動・共感・誇り)が必要です。
- 世界観に共感できる
- 他人に勧めたくなる
- 所有していることを誇れる
- ストーリーや哲学が好き
これらの感情を体験として届けられるかどうかが、「ブランドの本質的な強さ」を決めるのです。
体験の設計=ブランドの“振る舞い”の設計
「体験」という言葉は抽象的に聞こえますが、実際にはすべて企業の“振る舞い”です。
- メールの一文
- 店員の目線や声のトーン
- 製品の開けやすさ
- レスポンスの早さ
こうした細部が「ブランドとのふれあい体験」となり、印象として積み重なります。つまり、「ブランド=存在」「体験=振る舞い」であり、振る舞いが存在を決定づけていくのです。
リピート戦略とは、信頼の編集作業である
ブランドを通じてリピートを生み出すとは、「信頼を編集していく」作業です。すでにある期待に応え、次の期待を先回りし、時に良い裏切り(サプライズ)を与え、関係性をリズムよく深めていく。
この一連のリズムを意図して設計し、それぞれのタッチポイントにブランドの思想を込めることで、ステークホルダーとの間に“約束を超えた絆”が生まれていきます。
現場こそがブランドである──バックヤードまで貫かれる一貫性
これまでの章では、ブランドの言語化(アイデンティティ)、発信(マーケティング)、体験設計(顧客との関係構築)を取り上げてきました。しかし、それらすべてを現実に機能させるためには、もう一つ極めて重要な要素があります。
それが「現場」です。
店舗、コールセンター、物流、Webサイト、社内のカスタマーサポート、さらにはパートナー企業やサプライチェーン──ブランドを構成するのは、こうした「裏側」のすべてです。
表面的な表現や広告だけでつくるブランドはもはや通用しません。本章では、ブランドが企業の“振る舞いそのもの”となるために、いかに現場まで一貫性を貫くか、その本質に迫ります。
ブランドは“看板”ではなく“現象”である
「ブランド」という言葉から多くの人が連想するのは、ロゴやスローガン、プロダクトデザインといった“表現物”です。けれども、ブランドとは本来、目に見えない現象です。
顧客がその企業に触れて、何を感じたか。どのように扱われ、どう印象に残ったか。それがブランドの正体です。
つまりブランドとは、現場での接点によって発生する“体感的な印象”の集積なのです。
一貫性は「インナーブランディング」から始まる
企業がブランドとして信頼を得るためには、発信しているメッセージと、実際のふるまいが一致していなければなりません。いくら「お客様第一」を掲げても、コールセンターの対応が冷たければ、その瞬間にブランドは壊れます。
この乖離を防ぐ鍵が、「インナーブランディング」です。
インナーブランディングとは、企業の理念やブランド・パーパス、ビジョン、バリューなどを社員一人ひとりが理解し、共感し、自らの行動指針として取り込めている状態をつくる取り組みです。
研修や共有会で理解させるだけでなく、業務の中で実際に「その価値観が判断軸として使われているかどうか」が重要です。
「共感させる」より、「行動させる」
多くの企業が、ブランド理念をポスターにして社内に掲げたり、イントラネットに掲載したりしています。しかしそれだけでは、ブランドは定着しません。
大切なのは、「この理念があるから、私はこう動く」という状態をつくること。
たとえば、
- 採用時の評価にバリューを反映させる
- 日報や会議でブランドのキーワードを使う
- 表彰制度をブランドらしさで判断する
- サービスマニュアルにブランドの行動指針を組み込む
といった施策により、「ブランドを日常に実装する」ことが不可欠です。
社員だけでなく、パートナー企業や委託先まで
現場には、社員だけでなく、多くの外部パートナーや委託業者も関わっています。とりわけ、BtoC企業では、顧客と最も近い接点を担うのが外部スタッフであることも少なくありません。
このような立場の人々にブランドの意志や振る舞いを浸透させるには、単なるマニュアル提供だけでなく、「一緒にブランドを担っている」という意識を共有する必要があります。
たとえば:
- 定期的な合同研修
- 感謝を伝えるブランドニュースレター
- ブランド体験を共有する動画配信
など、コミュニケーションの工夫によって、ブランドの「共創関係」が築かれていきます。
ロジスティクス・IT・カスタマーサポート──無意識のブランド接点
顧客は、企業のあらゆる“無意識のふるまい”を見ています。たとえば:
- 荷物の梱包の丁寧さ
- アプリのレスポンス速度
- 問い合わせメールへの返信の言葉づかい
- ECサイトの「返品しやすさ」
こうした“裏側”の対応にこそ、ブランドの本質がにじみ出ます。
配送が遅れた際、単に謝るのではなく「私たちのブランドとして、この状況をどう対応すべきか」という視点があれば、結果的に顧客はその誠実さに心を動かされるかもしれません。
ブランドとは、意図的な発信以上に、無意識のふるまいが映す“素顔”によって形づくられるのです。
ブランドとは「全社で取り組む運用体制」である
これらの現場力を支えるのが、ブランドに関する“運用体制”です。よくブランディングはマーケティング部門や広報部門だけの仕事と考えられがちですが、それは根本的な誤解です。
- 経営陣:ブランド方針と長期戦略の整合
- 人事:採用基準と育成方針への組み込み
- 開発:商品やサービスへの価値観の反映
- 現場:接客や運用ルールへの落とし込み
- 情報システム:UIやUXを通じたブランド体験設計
このように、全社横断でブランドの軸が共有されていることが、一貫したブランドを形づくる条件です。
ブランドは「現場の汗と気づかい」によって実装される
広告で認知を獲得し、商品で期待を膨らませ、現場での体験で信頼を得る──この連鎖がブランドの本質です。
そして、最も多くの信頼が生まれるのは、現場のちょっとした気づかい、目配り、柔軟な判断です。
- 忙しい中でも笑顔を絶やさない接客
- 質問に対して丁寧に答えるサポートスタッフ
- 状況に応じてマニュアルを超える対応
こうした「小さな感動」を生み出す現場の力こそが、ブランドの価値を日々“稼働”させているのです。
ブランドを進化させる──継続的評価と改善のサイクル
ブランドは「完成された状態」ではなく、常に変化し続ける“生きもの”です。企業を取り巻く環境、ステークホルダーの価値観、社会の潮流は日々変わっており、それに応じてブランドもまた変化し、成長していく必要があります。
この章では、ブランドを固定資産としてではなく、関係性資産=動的な資産としてとらえ、どのように評価し、どのように改善を加えていくか。そのための視座と方法論を整理していきます。
ブランドは「変化に強い関係性」である
「時代が変わっても変わらないブランド」──多くの人が、Appleやコカ・コーラ、無印良品のようなブランドにそんなイメージを抱くかもしれません。しかし実際には、こうしたブランドこそ、変わることに非常に敏感で柔軟です。
変わらないのは「約束の核」であり、その表現や届け方、体験は時代に合わせて常に調整されています。
たとえば:
- コカ・コーラは“爽やかさと幸福”というコアは維持しながら、パッケージやメッセージは地域や年代で細かく調整しています。
- 無印良品は“感じ良いくらし”というビジョンのもと、時代ごとに商品ラインや店舗体験を刷新しています。
つまりブランドとは、“同じであり続けること”ではなく、“変わらないために変わり続けるもの”なのです。
ブランドの定点観測とKPI設計
ブランドの評価は、売上やアクセス数と違って数値化しにくい面があります。ですが、定量・定性の両面からブランドの健康状態をチェックすることは可能です。
主な定点観測の指標(例):
領域 | KPI例 |
---|---|
認知 | ブランド認知率、自発想起率、助成想起率 |
好感 | ブランド好感度、信頼度、推奨意向(NPS) |
行動 | 再購入率、離脱率、指名買い率、口コミ数 |
社内 | ブランド理解度、理念共感率、社員満足度(eNPS) |
定期的なブランドサーベイ、ステークホルダーインタビュー、SNSやレビューサイトでのモニタリングを通じて、「世の中からどう見られているか」をチェックし、ズレがあれば修正を加えていきます。
ブランド改善は“リニューアル”ではなく“調律”
ブランドが停滞していると感じたとき、ありがちなのが「ロゴの刷新」や「キャンペーンの変更」といった表層的なリニューアルです。しかしそれだけでは、根本的な信頼回復や共感の再構築にはつながりません。
必要なのは、「何がズレてきているのか?」を丁寧に見極め、ブランドの約束・伝え方・振る舞いを微調整=チューニング(調律)することです。
たとえば:
- 顧客層の変化に合わせたメッセージの言い回し
- 社員の入れ替わりに合わせたインナーブランディングの再強化
- サービスの進化に合わせた体験導線の設計変更
こうした“細やかな修正”の積み重ねこそが、ブランドの鮮度を保ち、持続可能な信頼へとつながります。
リブランディングのタイミングと注意点
大きな市場変化や経営統合、パーパスの刷新などによって、根本からブランドを見直す「リブランディング」が必要な場合もあります。
リブランディングは、単なるイメージ刷新ではなく、
- 何を捨てて
- 何を残し
- 何を新たに約束するのか
という関係性の再定義です。
その際、注意すべきは「既存のファンやステークホルダーとの信頼関係を壊さないこと」。ブランドの“核”をぶらさずに進化することが重要です。
また、社内の理解と納得を十分に得るために、インナー向けのブランド再定義プロセスを丁寧に実施する必要があります。ここを省略すると、外向けの発信と内実が食い違い、かえってブランド毀損につながります。
ブランドの進化は、対話の進化である
ブランドを継続的に進化させるには、「社会との対話」をアップデートし続ける姿勢が必要です。
- 顧客との対話:レビュー、SNS、ユーザーインタビュー
- 社員との対話:ワークショップ、理念共有、対話型評価
- 社会との対話:CSR、ESG活動、社会課題への関与
ブランドとは、「私たちはこういう存在でありたい」という一方通行の宣言ではなく、「あなたと、どういう関係を築いていきたいか」をめぐる対話なのです。
この対話を止めない限り、ブランドは時代に合わせて進化し続けていくことができます。
進化するブランド=組織学習するブランド
最後に強調しておきたいのは、ブランドの進化とは、企業そのものの学習力の証明だということです。
市場の声を聞き、失敗から学び、仮説を持って挑戦し、結果を受け止め、調整して再発信する──このPDCAサイクルを、ブランディングという領域でも当たり前に回している組織こそが、強いブランドを育てていけるのです。
ブランドは“経営”そのもの──現場から経営者までをつなぐ思考
本記事では、『ブランド・プロデュース思考』(工藤一朗 著)をベースに、ブランドを「ステークホルダーとの約束」と再定義し、その設計から実装、進化までを段階的に見てきました。
その集大成として、最後に明確にしておきたいのは、ブランドとは単なるマーケティング手法ではなく、「経営そのもの」であるということです。
ブランドは経営の“哲学”である
企業が社会に存在する意味、社員が働く動機、顧客が選ぶ理由──これらすべてを貫くのがブランドです。そこには、単なる商業的な訴求を超えて、
- 私たちはどんな世界をつくりたいのか
- 社会とどのような関係を築きたいのか
- 誰の、どんな課題を解決したいのか
という、経営の思想と倫理が問われています。
その思想が、商品やサービス、接客、PR、社内制度、事業開発の隅々まで貫かれて初めて、ブランドは“経営の言語化された意志”として機能するのです。
経営者はブランドの“語り部”であり“体現者”
本書が一貫して強調しているように、ブランドのプロデューサーは経営者自身です。
- 理念を語り、
- ビジョンを示し、
- 判断軸としてブランドを使い、
- 社内に意志を注ぎ、
- ステークホルダーと関係を築く
そのひとつひとつの言葉や態度、意思決定の背景に、ブランドの価値が宿ります。言い換えれば、経営者の“ふるまい”こそがブランドの最前線なのです。
広告にいくら予算をかけても、トップが約束を裏切ればすべては水泡に帰します。逆に、言葉少なでも、約束を一貫して守り抜けば、ブランドは静かに、確かに育っていきます。
現場と経営をつなぐ“共通言語”としてのブランド
ブランドはまた、組織全体をつなぐ「共通言語」でもあります。
経営層が語る理念と、現場の行動が一致している企業は強い。なぜなら、ブランドという軸が共有されているからです。
たとえば、以下のような瞬間にブランドが“共通言語”として力を発揮します:
- 迷ったときの判断基準として
- 他部署との連携時の前提として
- 新人教育の導入テーマとして
- 顧客対応時のトーン・マナーとして
- 商品開発会議での優先順位決定の根拠として
このようにブランドが「日常の意思決定に組み込まれている状態」こそが、本当の意味でブランドが“運用されている”ということです。
社会とともに歩む“持続可能な約束”としてのブランド
社会は今、大きく価値観を変えつつあります。気候変動、ジェンダー平等、サプライチェーンの倫理、地域社会との共生──企業は利益を追求するだけでは許されない時代に入っています。
こうした背景の中で、ブランドは単に「買ってもらうための物語」ではなく、社会とどう向き合うかという姿勢そのものとして問われています。
ステークホルダーとの約束を果たすことは、同時に社会への責任を果たすことでもあるのです。
あなたのブランドは、どんな約束をしているか?
最後に、読者のあなたに問いかけたいことがあります。
あなたのブランドは、誰に、どんな約束をしていますか?
その約束は、組織の隅々まで浸透していますか?
約束通りの体験が、現場で実現できていますか?
その約束は、これからの社会と未来にふさわしいですか?
この問いに真摯に向き合い、言葉を紡ぎ、体験を設計し、行動を変え、信頼を築いていく。その営みこそが、「ブランド・プロデュース思考」であり、これからの経営に不可欠な視点なのです。
ブランドを“構想”する時代へ
ブランドは、「存在を誇示する記号」から、「共感と信頼をつくる構想」へと進化しています。企業が、組織が、人が、「どう生きるか」「どう関わるか」を真摯に問い続ける中で、ブランドの役割もまた、日々進化しているのです。
これからのブランドづくりは、戦略であり、組織づくりであり、社会との対話です。すべてのステークホルダーとの間に、持続可能な信頼を紡いでいく経営こそが、未来のブランドを形づくっていくでしょう。
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