はじめに:なぜ、いまブランディングなのか?
多くの中小企業や自治体が「良いものを作っているのに伝わらない」「サービスの価値を理解してもらえない」と感じています。
かつては立地や価格、機能性といった“スペック”で選ばれる時代でした。しかし、いまは情報過多の時代。「何をしているか」だけでなく、「どんな印象を持たれているか」が選ばれる理由になっています。
また、少子高齢化や人口減少、都市一極集中が進む中、地方や中小規模の組織が生き残っていくためには、ただ良いモノを提供するだけでは不十分です。
自分たちの価値をきちんと伝え、選ばれる存在になるための仕組みづくりが必要です。
その仕組みこそが、「ブランディング」です。
この記事では、「ブランディングとは何か?」という基本的な考え方から、中小企業・自治体でも実践可能なステップ、さらには国内外の成功事例、そして鬼木美和氏の著書『ブランド人格』の要点も交え、わかりやすく丁寧に解説していきます。
ブランディングとは? — 期待に応える提案権

■ 定義と本質
そもそもブランディングとは、単なるイメージづくりや評判づくりではありません。
お客様や市民、社会に対して“どう思われたいか”を明確にし、その印象を一貫して届けることです。
これは言い換えれば、「信頼の設計」「体験の統一化」「認識のマネジメント」とも言えます。
たとえば、あなたがあるカフェを訪れたとします。入った瞬間に流れる音楽、スタッフの声かけ、メニューの字体、SNSの投稿の雰囲気。
それらすべてが、意識的・無意識的に「このカフェはどんな場所か」という印象を作り上げています。
それがまさにブランディングの結果なのです。
✔︎ ブランディングとマーケティングの違い
ブランディング | マーケティング | |
---|---|---|
目的 | 信頼・共感・選ばれる理由を築く | 商品・サービスを売る |
対象 | 組織・価値観・信念 | 商品・サービス・価格・販路 |
期間 | 中長期的に構築 | 短期〜中期的に成果を狙う |
手段 | 感情・関係性・印象づくり | 機能・価値提案・訴求 |
鬼木美和氏の『ブランド人格』に学ぶ:ブランドは「人格」である
鬼木氏は、ブランドとは「人格そのものである」と説いています。
つまり、企業や自治体のブランドも“人”として見られているという視点です。
私たちが誰かと関係性を築くとき、「話しやすい」「信頼できる」「誠実そう」といった“人柄”を感じるように、ブランドにも「人柄=人格」が必要なのです。
■ ブランド人格の三要素(鬼木氏より)
- 価値観(パーソナリティ):何を大切にしているか、どんな姿勢で社会と向き合っているか。
- 関係性(リレーション):顧客や地域とどのような関係を築こうとしているか。
- 表現(エクスプレッション):それらをどう見せ、伝えるか(言葉、デザイン、接点など)。
ブランドの人格は、そのまま“企業や組織の振る舞い”として社会に現れます。
たとえば「誠実で温かみのある人格」を掲げるのであれば、Webサイトのトーンも、店舗の接客も、SNSでの返信も、すべてその人格に即して設計されている必要があります。
人格は長期的な信頼を築く基礎であり、ブランドの「らしさ」を人々が感じ取る核でもあります。
なぜ中小企業や自治体にブランディングが必要なのか?
1. 選ばれる理由を明確にできる
競合が多く、似たようなサービスや製品が並ぶ市場において、何が自社や自地域を特徴づけているかを明確にしなければ埋もれてしまいます。ブランディングは「らしさ」を引き出し、それを強みに変える手段です。
2. 採用活動にもプラスになる
人材獲得競争が激化する中、給与や待遇だけでなく、働く意義や共感できる価値観が重視されています。特に若い世代は、「何のために働くのか」「誰と働くのか」を重視しています。ブランディングによって発信された組織の“人格”は、魅力的な職場文化として作用します。
3. 地域との関係性を育める
地方自治体や地域企業は、地域住民との関係性の中で価値を発揮します。「地域とのつながり方」そのものがブランドであり、親しみやすさや共感性を高めるための方向性がブランディングで明確になります。
実践:ブランド人格をベースにした3ステップ
ステップ1:「人格=らしさ」を言語化する
自分たちの価値観や強みを「人格」として表現する第一歩は、自己理解から始まります。
- どんな理念を大切にしているのか?
- どういう姿勢でお客様や市民に向き合っているのか?
- 自分たちはどんな存在でありたいか?
このステップでは、経営陣や担当者だけでなく、現場スタッフや関係者も交えた「対話」が非常に重要です。ブランドワークショップを実施したり、ステークホルダーにヒアリングを行うことで、「らしさ」が内側から言葉として立ち上がってきます。
ステップ2:「誰に」「どんな関係を築きたいか」を描く
ブランド人格は、相手がいて初めて意味を持ちます。つまり、「誰に」「どんな風に見られたいのか?」を定義する必要があります。
- 顧客なのか、住民なのか、来訪者なのか?
- フォーマルな関係なのか、フレンドリーな関係なのか?
- 相手にとってどういう存在でありたいのか?
ペルソナやカスタマージャーニーを活用して、具体的な関係性の在り方を可視化しましょう。
ステップ3:「表現」で体現する
言語化し、関係性を描いた後は、それらを「表現」に落とし込むフェーズです。ここでは、デザインや言葉、接点、媒体などを通して、ブランド人格を一貫して感じられるように設計します。
- ロゴやカラー、フォントの選定
- WebサイトやSNSの文章トーン
- 接客やサービス対応時の振る舞い
- 広報資料やメッセージの構成
注意すべきは、表現が一貫しているかどうかです。パンフレットとWebサイト、SNSとリアルな接点の間で印象がバラバラであれば、「人格として信頼できない」という印象を与えてしまいます。
ケーススタディ:人格が伝わった事例
■ 北陸の家具メーカー:長く使われる静かな信頼感
ある北陸の家具メーカーは、目立つ広告はほとんど打ちません。しかし、WebサイトやSNS、パンフレット、ショールームに至るまで「職人の息遣い」を感じる設計がなされています。
彼らのブランド人格は「長く寄り添う、静かな職人肌」。ロゴのフォントも控えめで落ち着きがあり、言葉も派手ではありません。社員インタビューや製作風景を丁寧に発信することで、“人となり”を伝え、EC展開でも信頼を得ています。
■ 某市の観光ブランディング:内に秘めた情熱
ある地方都市では、「目立ちすぎず、静かに深く伝える」ことをコンセプトに観光施策を行いました。キャッチコピーやグラフィック、ポスター、Webサイトのトーンはすべて統一され、「派手な観光地」ではなく「心の余白を感じる街」として印象づけに成功。
結果としてリピーター率の向上、SNSでの言及増加など「共感による関係性」が築かれました。
よくある質問Q&A(ブランド人格視点)
Q. キャラ設定のように考えていいの?
A. キャラクターのように演出することとは違い、「内面にある信念や姿勢」を明確にすることです。外見や装飾ではなく、“中身”を表現する手段と捉えてください。
Q. 一度決めたら変えられない?
A. ブランド人格は変化しても構いません。ただし、変化には理由が必要です。事業フェーズの変化や、社会環境の変化によってアップデートされるのは自然なことですが、核にある価値観や姿勢は一貫していたほうが信頼につながります。
Q. 小さな組織や個人でも必要?
A. むしろ、小さな組織ほど「人柄」が重要になります。規模が小さい分、人格の統一感が信頼や共感を生み出します。
まとめ:ブランディングは人格を育てること
鬼木氏の言葉を借りるなら、ブランドとは「社会の中でどう見られ、どう関係を築くか」という“人格”の話です。それは外見だけでなく、内面の姿勢、振る舞い、関係性すべてを含んだ総合的な存在です。
「商品が良ければ売れる」「技術があれば評価される」時代は終わり、いまは「誰がどのように届けているか?」という“存在”の問いに、生活者が敏感に反応する時代です。
中小企業や自治体が「選ばれる」存在になるためには、自分たちのブランド人格を育てていく視点が不可欠です。その人格を育てることは、社会との関係性を深めることであり、未来への信頼を積み重ねていく道でもあります。
次回予告:
「“らしさ”をどうやって言語化するか?──共感を呼ぶブランドメッセージの作り方」
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